jnobuyukiのブログ

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「数学ガールの秘密ノート やさしい統計」の感想(2)

今回も「数学ガール秘密ノート やさしい統計」の感想を書きたいと思います。

第4章 「コインを10回投げたとき」

この章では、コインの表が出るか裏がでるかという2つの事象の確率を2項分布で明らかにしていきます。「数学ガール」では、問題への取り組み方にキャラクターによる違いがあって、それが良く見える構成ですね。

「力技」のテトラちゃんは、実際にコインの出方を見ながら「10コインを投げたときの表が出る回数」の期待値を計算していきます。ただし、テトラちゃんも以前よりもいろいろな技が増えてきていて、今回はパスカルの三角形の利用して効率よく確率を計算していますね。「力技」のテトラちゃんに対して、「公式から探索する」「僕」は2項定理による期待値計算を試みます。キャラクターによる取り組み方の違いは、実は第5章まで続いています。「無駄のない教師」のミルカさんは2項分布の期待値の一般化された形式をあっさり導入するからです。統計学の教科書では、最初から一般化された式を紹介する場合が多いと思いますが、こうやって、同じ現象を「力技」「2項定理」「公式」と異なるアプローチで眺めてみると面白いですね。学ぶ側からすれば、手を替え品を替えといった説明からコイン投げという事象を多面的に理解できます。説明の全てを理解できないとしても、どれか一つでも納得できる説明があれば、コイン投げという事象について一定の理解に辿りつけます。

第4章でもう一つ特筆すべきことは、標準偏差を計算していることです。これは、次の章への伏線になっています。それと同時に、期待値(平均値)を計算するだけではデータ解析として不十分で、データのばらつきについてもっと考えようというメッセージになっていると思いました。

第5章 「投げたコインの正体は」

数学ガールシリーズは、最終章のハードルが高いことが特徴的なのですが、本作品の第5章もそれが踏襲されており、なかなか歯ごたえがあります。内容としては前章からの続きでコイン投げで、まず、2項分布が導入されます。ここから2項分布の正規分布による近似へと議論が発展します。さらに、記述統計から推測統計への移行や統計的仮説検定の手続きも紹介されています。高校生の数学という観点からするとするだいぶ背伸びの内容なので、議論をスムーズに展開するうえでミルカさんのリードが大事になりますね。第5章は、ぜひ、じっくりと時間をかけて読むべきです。個人的には、最後に展開されている統計的仮説検定は、別の章として独立させた方がいいかもしれないなと感じました。

この章で特筆すべき内容は、統計的仮説検定でどうデータを解釈するのかの説明です。いわゆるp値を計算するのですが、それを「驚くべきこと」と判断するかどうかとして解釈しています。データについて統計量からp値を計算する過程で、その意味がよくわからなくなる人が多いと思うのですが、「驚くべきこと」という説明方法はわかりやすくて良いなと思いました。

エピローグ

数学資料室での少女と先生の会話です。数学資料室って大学なのでしょうか。内容的には、正規分布確率密度関数が導入されており、ちらっと二階微分による変曲点の計算まで述べられています。数学科の統計学なら扱う内容だと思いますが、社会科学分野の学科ではここまで扱えませんね。この内容を理解するには、ある程度微分積分の練習を積んでいる必要があります。

全体の感想

数学が好きな高校生、大学1年生に統計学を紹介するならこの本しかないなと思える内容になっていました。あえて続編やスピンオフをリクエストするなら、次の2点を期待したいです。1つは中心極限定理です。推測統計を扱う上では大事な定理の1つなので、ぜひ「僕」やミルカさんによる中心極限定理の議論をぜひ聞いていみたいです。もう1つはシミュレーションによる公式・定理の検証です。数学ガールにはリサちゃんというキャラクターがいます。リサちゃんはコンピュータを使える子で、「乱択アルゴリズム」という作品ではアルゴリズムが丁寧に議論されています。ぜひリサちゃんに登場してもらって、2項分布、正規分布を仮定した乱数生成(ランダムサンプリングの重要性など)やそれを利用した公式、定理の検証を扱ってほしいなと思いました。