jnobuyukiのブログ

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単語の綴りの記憶(1):綴りの記憶は文字の並びの記憶か?

今回は、ある知り合いが「英語のスペルをどうやって記憶するのか」という疑問をSNS上に提示したことに対するコメントです*1。投稿では、英語のスペルをタイプするときに、途中で一度止めてしまうと、その続きを思い出すよりも、初めからタイプし直す方が多いと述べられていて、まるで「指が覚えているのか」という指摘をされています。

この指摘は非常に興味深いです。投稿内容から、単語のつづりが
(1)文字の順序としての記憶
(2)キーボードの位置または指の動かし方の記憶
の二つから構成されるというアイデアを考えることができます。今回は、まず、綴りの記憶が文字の並びの記憶だけでなく、運動の記憶でもある可能性を探ってみます。

空書:運動による文字の記憶

あなたは、誰かに漢字の書き方を教えるときにどうするでしょうか?部首を教えるでしょうか。でもそれだけでは、細かいところは教えられません。漢字の細かいところまではっきりと思いだそうとするとき、たいてい机もしくは空中に指で漢字の書き順通りになぞりながら説明するでしょう。このようななぞりがきを「空書」「空書き」と呼びます。空書は、漢字圏の人特有のスタイルのようです。漢字を覚えるときに空書を禁じると記憶成績が悪くなることが分かっています。そのような結果は、ある漢字を覚えるときに書き順や書く方向を指の運動として覚えていると考えることで上手く説明できます。空書については、東大の佐々木先生が数多くの研究をなさっています*2

繰り返し書いて覚える漢字

昔から、小学生はノートに何度も漢字を書いて覚えてきました。他にやり方のなかった時代はともかくとして、学びの多様性が確立しつつある今日の社会にとっても、繰り返し書いて覚える方法は、あえて選ぶべきでしょうか。実は、繰り返し書くことの有効性が科学的に検証されています。北大の仲先生の研究では、大学生が漢字を覚えるときに書いて覚えたグループと読んで覚えたグループとで記憶成績が比較されました*3。その結果、書いて覚えるグループの方が記憶テストで高い成績を示しました。この結果も、繰り返し書くことによって文字を指の動きとして覚えられるので、文字の記憶がし易いと説明できます。

タイピングも一種の運動の記憶

上記の空書や書いて覚える方法有効性は、いわゆる手書きの運動ですが、コンピュータを利用して文字を書くことが圧倒的に増えた現代社会では、単語の綴りがタイプの動きとして記憶されていたとしても不思議はないと思います。タイピングの運動ですが、単純にタイプする指の順序の記憶である可能性とより詳しく、タイプすべき場所までの運動の記憶の可能性の両者があります。慣れ親しんだキーボードでは上手く単語をタイプできるが、借り物のキーボードだと上手くタイプできないことが誰にでもあると思いますが、これは後者の可能性を裏付ける証拠になるかもしれません。

まとめ

今回は、文字を手書きするときの運動の記憶が文字全体の記憶を支えていることを見てきました。この考えをタイピングに当てはめると、単語の綴りが両手の運動の記憶の影響を受けている可能性は大いにありそうです。