jnobuyukiのブログ

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パスツールの象限(4):名無しの象限

さて、前回パスツールの象限(3)までで、Stokesの提案した2次元モデルを見てきました。今回が取りあえずの最終回。『パスツールの象限』を読んだ私の感想を述べます。

パスツールの象限は画期的

基礎と応用は2分して考えるのが当たり前と思っていた私にとって、このStokesの考え方は画期的です。そして、日々の研究について反省するきっかけになりました。私が専攻している心理学は、人間のあらゆる行動を心の働きから説明しようとする学問であり、知の創造と実社会の問題解決の両方の要素をもともともっており、パスツールの象限となり得る学問領域です。それでも、基礎研究に従事し、仮説の純粋な検証を求めようとすればするほど、実験室での仮想的な状況を設置せざるを得ません。しかし、Stokesの主張によれば、私が基礎な視点で研究することは、応用への視点を放棄する理由にならないわけです。現実の問題解決に役立つ状況を設定して、その中から、人間の心の働きに迫る研究を目指してもいいのだと思いました。また、どこかにいる応用研究や技術開発に携わる人たちもぜひ物事の真理という視点も少し持ってもらえたらなと思います。

なぜ1つだけ名無しなのか?

実は、「パスツールの象限」に初めて接したのは、Stokesの本ではなく、別の人が話していたのを耳にした時でした。その後、何度かこの言葉を目にし、耳にし、そのたびにウエブ検索していて、1つ気になることがありました。パスツールの象限を示す図の中に、1つだけ空白の象限があることです。

「なぜ空白なんだろう?」その理由は色々と想像できます。

  • この象限に当てはまる研究は論理的に存在しない
  • この象限に当てはまる研究をすべきではない
  • この象限にはうまい名前をつけることができない

この疑問の答えを確かめるため、Stokesの原著を読む必要がありました。そして答えは、最後の選択肢「この象限にはうまい名前をつけることができない」でした。Stokesはこの象限は、他の3つの象限を特徴づけるためにぜひ必要であると述べています。また、この象限に当てはまる研究の多様性を考えると、特定の研究者の名前をつけて、それに近い研究だけが当てはまるという誤解を生じさせないようにあえて名前をつけないとも言っています。Stokesを引用する人たちがこの点を省いた議論をしていることが気になります。

名無しの象限の研究の重要性

どんな研究が、この象限にあてはまるでしょうか?Stokesは、「1つの現象について深く考える場合」と言っています。例えば、これまでに行われている研究の再現やちょっとした拡張が当てはまりそうです。それに加えて、これまでの研究のまとめがこの象限に含まれるはずです。そして私は、この象限に含まれる研究がとても重要だと考えています。

理由その1:最先端の技術を身につける

Stokesが名前を付けた3つの象限の研究では、最先端の技術が用いられることが多いと思います。では、最先端の技術を初めて使った研究者が知の創造や現実問題の解消を狙った研究を行ったとします。仮に上手くいけばまだいいのですが、失敗した場合、何に原因を求めるかで問題が生じます。技術が未熟だったからかもしれないし、そもそもの仮説に誤りがあったからかもしれないからです。なので、名前が付いている象限の研究をするためには、その前段階として、名無しの象限の研究を高い技術力で行えることが重要になります。

理由その2:名無しの象限の境界線を把握する

研究者が、学問上、または社会的に貢献するためには、自らの好奇心だけで研究内容を決めるのではなく、他の研究との関連性を考えることが大事です。そのため、いままでにどんな研究がなされていて、何がわかっているのかを知る必要があります。これがいわゆる先行研究のレビューです。そしてそれは名無しの象限と他の象限との境界線を明らかにするという意味を持ちます。これがあって初めて、名前のついた象限の研究をその価値を明らかにしながら実施できるわけです。

まとめ: 名無しの象限の研究も大事

今回は、Stokes の2次元モデルであまり取り上げられてこなかった名無しの象限の研究の重要さを考えました。これから先、パスツールの象限に当てはまる研究は予算がつきやすいという傾向が出てくるかもしれません。でも、それに振り回されずに、研究全体のバランスを考えて質の高い研究を目指したいところです。